満つ塩に見えて影そふ百の灯

2019年より算命学を学び始めています。技法や運勢の読み方、自分自身への理解等も気になりますが、何より道徳や礼節を考えさせるその思想・根拠に強く興味を持ちました。主に日々の感じたことを自分の中の算命フィルターを通して発信していこうと思います。ブログ名は、「宮嶋の神のめぐみも満つ塩に見えて影そふ百の灯」 乙部可寛(『厳島八景』)より拝借いたしました。「灯」がゆるやかに、そして穏やかに、つりあいが取れていけるよう願いを込めて。

乾く師走の景色

札幌は、気温だけが下がり雪は一向に積もりません。
確かに冬の寒さは到来しているのですが、景色が白色に上塗りされるのは、暫く先になるようです。

さて、2020年も、もうそろそろ終わりに近づいてます。

異常干支が3年続く、不安定な運気の時の最後の一年が終わりを告げようとしていますが、
この不安定な運気はまだまだ続きそうな気配があります。

気は少しづつ変わっていっています。僕は子丑天中殺なので今は年と月の天中殺中でもあります。
何となく感じる気の変化ですが、冬至を過ぎればより変化を感じることでしょう。

しっかりと受け身で過ごす。そうしないと、自分の能動的な行動が妙にいびつな形で膨らむかの如くトラブルを招いてしまいます。
中々顕著に現れるので冷静に見れば興味深いものの、トラブルはやはり避けたいものです。
いらぬ縁を切り離し、そして冷静に受け身で過ごすことを、もうしばらく強く意識していこうと思います。

2020年 庚子の年

溶岩が急激に冷え固まった岩場が真冬の大海にそびえ立つ。

岩場は北風に晒され天に向かって鋭さを増す。

水面下でも激しい水流により少しづつ削られていく。

海の底に沈んでしまう恐れをたずさえながら。


2020年の庚金の子の年の風景を描いてみました。

庚は陽の金質、子は陽の水質。水源である庚が大海である子を生じます。

水質が強すぎてしまうと、洪水や津波のような自然災害をイメージしてしまいますね。

水質には、知恵、学問、習得、芸術等の意味があります。

子には、陰が極まり陽を生み出すという意味もあるので、学問などを新しく始めるには良い時期となるでしょう。


これから、少しづつ、自然思想である算命学の学習記事を書いていこうと思います。

まずは、干支から自然風景をイメージすることから。

そこから、物事を読み解いていけるように頑張ってみます。

心からのご冥福を。

本日、自分が学んでいる算命学の師である方がお亡くなりになったというお知らせを受けました。

心から驚きました。

いまだ、一度もお会いしたことのない方でしたが、鑑定時に一度だけご返答をくださったことがございます。

それは、質問形式でした。

考えて自分で答えを出して返答を待っていたところ、今回のようなお知らせを受けることとなってしまいました。

直接のお言葉を頂いたいたのは一度切り。

もっと、お話ししたかった、直接お会いしたかった、というのが正直な気持ちです。

お金を貯めて、東京へ会いに行こう、そう考えていましたが。

残念でなりません。

悔しさを引きずり、それでも、前を向くべき人が前を向いていこうとしていることに上手くゆくことを願わずにはいられません。

上がる気、下がる気

4日の朝、札幌は、たった一晩で一気に冬景色となりました。

令和始めの冬は、寒冬となりそうです。

さて、あと数日で子丑天中殺の始まり。

1年ほど前、算命学の知識がまだ足りていなかった時は、到来する天中殺時期をかなり気にしていました。

どんな不幸が訪れるやらと不安を感じていましたが、今では楽観的なものです。

この1年間は特にですが、自分と向かい合ってきましたので、周りの影響に左右されにくくなったからだと思ってます。

自分の小さな欲深さにも気づけるようになりましたから。多少のことには動じない、自信あり(笑)たぶん!


それにしても、「気」は確かに変化していっていますね。

先々月より日座中殺の月が回り、周囲の動きが慌ただしくなっていった最中、12月に入り、その不穏な動きはとうとう自分の周りにまで及んできました。

以前から思っていたのですが、天中殺時期は自分の失敗で不穏となるケースもあるのですが、自分の周りにある不穏な動きにより自分が乱される時期、

であろうとも思っています。

そして、自分を乱す人たちに、戌亥天中殺が多いこと(笑)



現在の職場は、精神疾患者の入居するグループホームのスタッフです。

10名ほどの入居者とスタッフ5名の小さな事業所ですが、天中殺の気が回り始めている人たちとは裏腹に、力を増してきている人がいるのに気が付きました。

こっそりと調べてみると、彼らの天中殺は、申酉天中殺。教科書を見てみると、確かにこれから運気の上昇が見込める方々!

自分の担当する入居者が申酉天中殺なので、この運気の上昇にあやかってもらって、

彼にとってハードルの高いかもしれなかった課題をさり気なく再提案してみようと思います。その気になってくれるのでは、と(笑)


そして、しっかりと自分のこれからについても考えなくてはいけません。

自分の欲を隣において他者や社会の為に貢献していく期間。

今までの半生で、こんなことを考えたことはなかったけれど、自分自身への欲や他者への貢献が入り交じり自分の人生が出来ている事、

そして、他者が自分の欲の為に生きているときは、自分はその土台を支える裏方の役目に生きること、など、

様々な人の想いが交差して社会は成り立っているのだな、と感じます。



柳に雪折れなし、といこうか。

行き急ぐ雪虫たち

札幌では、10月末から11月の始めにかけて雪虫が大量に飛び交います。

雪虫、皆さん、耳にしたことがあるでしょうか。

小さい虫の腹か尾に白い綿毛が付いているような姿と、この雪虫が飛び交うともうそろそろ雪が降るというところから、冬の知らせを告げる虫でこの時期定番の虫です。

そして、先週からかなり早めの雪が降りました。雪を呼んだな、雪虫たち。

タイヤ交換が間に合わなかった人も多いことでしょう。

僕は、しっかり1週間前に交換していますので、超安心です!

気温がプラスマイナスを行き来するような微妙な加減ですと、雪が降った後は解けて夜に凍ってしまいます。つまりブラックアイスバーン

夏タイヤでは相当危ないでしょう。

 

しばらく、ブログの更新が滞っていました。

というのも、試験を受けるためにブログは後回しにしていました。

自分なりの全身全霊で取り組んでみるために、必要な最低限のもの以外は全て後回しにする生活を数か月過ごしてきたのです。

結果は惨敗。合否発表はまだ先ですが、民間企業が実施している解答速報なるものがあるので、すぐさま自己判定できてしまいます。手ごたえが薄かった分、早めに結果を知ることが出来るので次につなげやすい、とは言う物の厳しい現実は容赦なくやってくるものです。

本気の人生、本気の生活、自分の欲しいものを自分の努力で取りに行く人生にするため再チャレンジします。

 

そんな生活の中でも、算命学のことは常に意識していました。

他の方々のブログを拝見してみたり、学び先の動画を見たりと。

 

学んで日がたっているわけでもなく、学びが深いわけでもなく。

それでも、疑問が一つ弐つ、いや、疑念が一つ大きく膨らみました。

 

算命学を自分の人生のうまく行かない理由にしている人が多いのではないか、ということ。

 

そういう自分自身がいいわけにつかっていたのも事実ですが。

宿命に対中があるからこうなんだとか、陽占にこの星をもっているからあーなんだとか。

 

自分の人生が努力してもうまく行かなくてずっと続いてしまうと、うまく行かない原因を探してしまいます。気持ちはわかります。

現在の考え方で王道なものは、原因論

「嫌われる勇気」を呼んで、その存在を知りました。

でも、原因ばかり考えるのではなく、今その現在に何を選択するのか、それだけを考えてもいいのではないだろうか?

 

現に、算命学などなくても、自分の力で、自分の判断で、現実を生きている人間は確かにいるのですから。その中にはしっかり幸せをつかんでいる人たちも。

 

自分の中の、色々な物が、思考が、立場が、壊れています。

今年は自分にとってそういう年周り。

来年から天中殺に入りますが、天中殺の意味を理解出来れば怖がるものではありません。

むしろ、その期間に自分が内省をしどのように変化してゆくのか、非常にたのしみであります。

 

出来ない言い訳ばかり述べるのではなく、現実に起こった目の前の出来事をしっかりと向き合うこと、常にその先を見据えていこうと思います。

 

せっかく、現実のこの世に生をうけたのですから。

ご先祖様に、家族に、大切な友達に、恥じぬように自分の力で生きていく。

 

 

 

 

 

川上に向かう銀の鱗

京都の二条城近くに父方の実家がありました。

中学生の頃、祖父の葬儀に参列するために一度だけ宿泊したことがあります。

 

道産子からすると、京都の住宅の密集具合は異様に映りました。

 

江戸時代に間口の広さによって税金がかけられたそうですね。

間口を狭くして税金対策とし、玄関の奥行を広くして使用していた。

実際、父親が子供の頃に住んでいた建屋は、そういう造りでした。

少しタイムスリップしたような感覚で、でも初めて会う伯父達とはなんの違和感もなく打ち解けていました。初めは建物の密集具合に見上げても空が見渡せなくて息苦しさを覚えたものの、和の趣が生活のいたるところから顔を出しているようでもあり、身体は自然と慣れていきました。

 

父方家系には、本家が存在します。

能楽に携わっていた家系だとか。昔、父親にそう聞いたことがあります。

でも、その後、一人京都へ訪れた時には伯父夫婦に否定されたので事実は良くわかりません。その伯父夫婦宅のすぐ向いにある寺には、14基ほどの卒塔婆があり、全てご先祖様のお墓。江戸時代からずっとその地で続いてきたという住職の話でした。明治を境に今の姓になりましたが、それ以前は商人のような姓。父親の家系に商売するような雰囲気はなかったように思い、不思議で仕方がない。でも、居を構えている土地から、ご先祖様方は相応の財をなした方々だったのではないか、と推察しています。

 

でも、何事も長くは続かないもの。

 

 

父親の代の頃から、本家には女子しか生まれなくなりました。

父親の兄弟が本家の婿養子となっても、生まれたのはやはり女子。

その後、京都にあった家も土地も、名義は変更され、あとは伯父の住む家だけ。

 

女系は家系の終わりの印。

続く家系あれば、終わる家系あり。

古い家系は終わっていくのが自然の流れ。

 

財は分散され、居は新たな場所へ移ります。

新しい家系を一から作るべきタイミングなのでしょう。

 

世の中には流れがある、というのを強く意識したエピソードの一つです。

 

 

この場合、古い家系は終焉を迎えるという流れ、そしてそのタイミングで今までに手にした財を手放すという流れ、です。 ここで、子孫が財に執着し収奪しようとするものならば、それはとんでもない混乱を巻き起こすのではないだろうかということです。

 

算命学を学べば、それは、自分の持つエネルギーと日々回ってくる気の関係から読み解くことが出来ます。流れに逆らわず、マイペースにやってきた気のエネルギーを感じながら、その出来事を受け入れる、それは自然が変化を求めているということではないか、と思っています。

 

自分の位相法では、今年は対冲となります。新年早々に蓄積した財産があっという間に細分化されました。もう、教科書に書いてある通りだったので、「ヘ~、こういうことなんだ」と感心しかしませんでした(笑)

でも、今まで流れを意識してうまく行ってきたので、これが今年の流れなのだろうと理解し、財産が無くなることには一切の執着を持たず、財産を細分化するような行動(1日で100万程のお金を使いました)を迷いなく実行しました。

 

その後は、いたって生活は安定したもの。わずか二か月の間に全て完了し、トラブルがないどころかさらにラッキーなこともありまして。流れに沿って行動をする、ということは、ゴールへ直進で進むようなもの。理屈ではなく直感でも人生は充実して生きていける。

今年に消化すべきことをしたのだなあ、という感想です。

 

厩岸壁で照らされる太陽の海鏡

小学生の頃、駄々をこねて、父親が大好きだった釣りに同行していました。

 

午前三時には自家用車で出発。一人ではそんな早くに起きれないから出発前に、「ちゃんと起こして」と強くお願いをしておきます。面倒臭いと思いながらも断ることは出来ない父親は、息子の要求にちゃんと答え石狩川や小樽築港へと自家用車を走らせます。息子は車中で足りていない睡眠時間を確保。起きたら眼前に河や海が待ち構えています。

 

小樽築港には、釣りスポットとして厩(うまや)岸壁という場所があります。車で港湾内まで行けるような場所だったと思いますが、朝から沢山の釣り好き親父たちがすでに竿を仕掛け待機しています。まだ、ちゃんと陽も昇っていない時間帯だというのに。たかが釣りなのに、なぜこんな早くに起きれるのだろう、なんて子供心に釣り好きな親父たちを少しだけ呆れてみていました。

 

釣り場に付いたら父親が全て仕掛けを準備し、自分は竿を海に投げるだけ。

昔の海や川は今よりも綺麗だったから、餌をつけなくてもチカやうぐい等の魚が勢いよく針に食いついてきました。

君たちも腹ペコだと勘違いするんだね

魚が食いついてきたときの、あの竿から伝わる、ぐぐぐっていう引っ張られる感触、小魚たちが生きるための全身全霊の力、そういう感触を感じられることがたまらなく楽しく思えたものです。

 

少しづつ正午に向かって時間が流れると、ついに、雲一つない空に太陽だけが何ものも寄せ付けない雄々しい態度で厩岸壁を照らします。岸壁から釣り針の様子を覗き見た僕は、海面にある無数の鏡が意地悪にまばゆい光を反射させてくるので、うっかり目を細めてしまう。でも、何も怖くはなかった。

 

父親は仕事が忙しく、酒におぼれたり、母親に酔った勢いで暴言を吐き、そのまま自分も怒鳴られたり、そんなこともありました。沢山の時間をかけて父親との関係を経験し、それは良いことも悪いことも含め、でも最後は父親も自分の人生を生きてきただけなのだ、と理解したら。

 

ああ、そうか。自分も大変なんだけど、父さんも大変だったんだね。

 

もし、次に出会ったら、厩岸壁から船出して少し沖で釣りしてみよう。船代は僕が貯めておくから、いそめや仕掛けは買っておいて。でも、いそめは、冷蔵庫には入れてくれるなよ。

 

 

10年ほど前に父親は他界しました。

父親を亡くした年に、自分を取り巻く空気が変わった気がしました。僕は直感が鋭いので、ちょっとした違いや違和感を日常生活で感じることがあります。なお、父親が生きていた時は、自分の取り巻く空気はグレーで曖昧な感じでした。それは、自分が経験したことも大変あやふやで経験として蓄積されていない、記憶にも残りにくい、そんな印象でした。それが、父親が亡くなった年から、自分の現実をしっかりと歩んでいる、という印象に変わっていったのです。

 

去年、父親と自分の命式を見てくださった算命学の鑑定師にこう言われました。

 

父親を亡くしてから、自分の宿命にきずいたのでしょう、と。

 

自分の宿命を見ると、陽占にその傾向が。父親と運勢をシーソーしていたようです。 その上、父親は日座中殺。男子を生み結婚は完成。父親の保護の下で暮らしていては、その影響を強く受けてしまいます。そして、僕は父親に運勢を奪われていた。初年期の半生を振り返ると、あまりにも残念な人生で記憶に残りずらいものでした。その反面、父親は公務員として地方の長の次点まで出世し、その後は金融機関に再就職。収入は相当に頂いておりました。

 

運勢は奪い奪われる

 

何も成し遂げられず、努力は報われなかった半生。

当時は悔しさを握りしめ歯を食いしばり、八つ当たりするのを堪えていました。

でも、今となっては、全て過ぎた事。そんなこともあったなあ。

 

 

最近、父親が引きこもり息子を刺殺してしまう事件がありました。あるサイトの算命学鑑定師さんの見解でも、父親が息子の運勢を奪い父親自身の運勢が大きく伸びた、とありました。

よく、わかります。

 

でも、 息子にも自立して運勢を稼働させることは出来たと思います。何もできない不運な命式が存在するとも聞きます。でも、現実世界で自分の力を信じて努力し邁進するだけでも、その後の半生は大きく変わったものになるのではないでしょうか。そして、息子にも自立できるチャンスはあったはず。チャンスの数が多いか少ないかはあっても、やはり自分の人生にもチャンス自体があることにおいては皆平等だと思うのです。

 

他人のせいにして生きることの怖さ、そして自立して生きる意味合いの深さを感じます。

 

 

陰占で見ると、父親と自分には納音が成立、父親の命式に宿命干合があり、干合すると律音が成立、自分には宿命律音が成立している、となんともまあまあ、似ているのです。実は、持つ星に違いはあっても陽占も似ています。

 

 

父さんは産まれた時の僕のことを知っているから当然息子だと思うのでしょう

僕は厩岸壁で一人海に向かって釣りをしていると僕の父親はあなただけだと思うのです